見習い魔女っ子の旅路 16



 街に住む…あたしが?
 アンシュセリアの家から帰ってきて、自分の部屋に戻ってきて。あたしはベッドに腰掛けてぼんやり前を見た。

 人が怖くて。めずらしいあたしの容姿を見る人の視線が嫌いで、森の中に隠れ住むようにしているあたしが、街に出て暮らす?
 師匠は、この森から離れようとしないだろうから多分その時はあたしひとり。
 知らない人間たちの間で暮らすことができるだろうか…?

「なーに辛気臭い顔しちゃってんだか」
「師匠…」

 突然の師匠の声。振り向くと窓の近くで毛づくろいしている師匠が居た。
 窓もドアも閉まっていたはずなのに、どうやって入ってきた?……まぁ、今更驚かないけどさ。

 一通り毛づくろいを終えた師匠は、あたしが座っているベッドに飛び乗ると、あたしの顔をまじまじと覗き込んできた。
「まー、みごとに無駄に不幸面。たいして美人でもないんだからせめて笑ってろよ」
「んなっ!?」

 人の気も知らないで!
「あたしは真剣に悩んでるです!まぜっかえさないでください!」
「それが無駄だって言ってんだろ」

 ぱしん、と目の前で手を叩かれたような言葉。
 意味がよく分からなくて瞬きを繰り返していると、はぁ、と呆れたようにため息をつかれた。

「おまえのその悩みはここに座ってぐだぐだしてたってしょうがないだろ。実際、行ってみれば早い。行って、おまえが住めそうな街かどうか見て来い」
「師匠…」

 なんで。なんであたしが悩んでたことなんて一言も言ってないはずなのに。

「おまえが考えてることなんてお見通しだ。なにせ、師匠なんだからな」

 ……と、師匠は言って自慢げに胸をはった。
  











 見習い魔女っ子の旅路 17



 そして、あたしは見覚えのある駅のホームに立っている。


 師匠に背中を押してもらって、一晩さんざん迷って、そしてあたしは師匠の言うとおり引越しするしないは先送りにしてまずは街を見に行くことにした。
 次の日、郵便局に行って、郵便屋さん……じゃなくてグラトルさんに手紙が出したいと嘘言って住所を教えてもらって。本屋で地図を買って場所を調べて、乗合馬車の停留所に行って初めて駅までいく馬車の予約をして(前回は師匠がやってくれてたのだ)。
 なんか、今までで初めてってくらい街中を歩いたかも。
 今までで初めてってくらい街の人たちと話をしたかも。
 頭からすっぽりフードを被ってるあたしを、多分お店の人は森の魔女だと分かっていたんだろうけど気味悪がるようなそぶりはなくて。なんだか気構えて行ったから拍子抜けしたような気分で。
 家に帰ってきたらなんだかどっと疲れて椅子に座ってぼんやり考えた。
 あたしって、今まで引きこもりだったんだなぁ。
 あたしって、今まですごく狭い世界で暮らしていたんだなぁ。
 こんなあたしが街に出て一人暮らしってすごく無謀なような気がするけど。まぁ今回はやれるかどうか見に行くだけなんだからって思って、旅行の準備して初めての一人旅へ。
 んで、緊張しながら汽車に乗って目的の駅で降りた……のがたった今のことなんだけど。

「ここ……」

 駅のホームでぐるっと周りを見渡してたら、歩いていた人にぶつかりそうになって慌てて壁際に立つ。ぶつかりそうになった人はものすごい早足で通り過ぎていった。
 あの早足の感じ……そしてなんだか見覚えのある駅舎の窓、ホームのかたち。もしかしてここって。
「暁月さんのいる街の駅……?」
 もしかしなくても、そこなような気がする。前回は師匠について行くだけだったから駅名なんて覚えなかったけど、なんか聞き覚えがあるような気がするし。
 駅から出たとこにある広場は、もっと見覚えがあった。間違いない、ここはこの前来た暁月さんが住んでる街だ。思わず、呆然としたまま一人ごちる。
「なんか、あたし間抜けじゃない?」
 この前と全く同じ路線を通っていたのに、実際着くまで気づきもしないだなんて。
 暁月さんを訪ねていくことも考えたけど、でも。

「とりあえず、宿をとらなきゃね」
 荷物を置いて、一休みしてから考えよう。
 そんな感じで、あたしの始めての一人旅はひとまずの終わりを告げたのだった。
  










 見習い魔女っ子の旅路18



 やっと見つけた宿屋に荷物を置いて、身軽になった瑞月はまずは街を見て回ろうと宿屋を出た。
 運がいいことに、泊まることにした宿屋はいい人そうなおかみさんがやっている宿屋で、もうすぐ暗くなるからと、近づいちゃいけない治安の悪い場所とかを教えてくれた。
 心配しながらも見送ってくれるおかみさんにお礼を言って、あたしはいつものようにベールを被り夕暮れで赤く染まりつつある街に繰り出した。

 この前来たときは、師匠と2人で図書館と暁月さんの家との往復だったから街を歩くのは初めて。
 近づいちゃいけないといわれた細い路地とかは避けて、露天やお店が並んでいる大きな通りを歩いてみた。店じまいの準備をする人や、夕食の買い物だろうか食料品を抱えて歩く人。髪も目もいろんな色を持っているひとが夕焼けのせいでみんな赤い。
 さすが、大きな街。いろんな人がいるんだなぁ。
 ぐるり、見渡してみるといろんな人がいるなかであたしだけがベールを被って顔を隠してる。
 あたしと同じ黒髪の人も、平気そうに歩いているからベールがなくても大丈夫…かな?かえって悪目立ちしているような。気のせいかな?

 こっそり、道の端に寄ってベールをはずし、なんでもないような顔をして歩いてみる。
 はずしたベールを握っている手から汗が出ている気がしたけど、ぎゅっと手を握って紛らわせた。
 ベール越しでない世界は鮮やかで、慣れなくてすごい落ち着かないけど、あたしの目や髪の色をみて嗤ったり気味悪がったりする人はいない。そのことにちょっとほっとする。
 このまま、ぐるっと一周して宿屋に帰ろう。
 そう思ったとき、目の端に郵便屋さんの看板が見えた。
 どんな顔して会えばいいのか、会ってどうすればいいのか、何を話そうか。そんなこと考えてもいないからまだ会えない、いや会いたくないのにふらふらと足がそっちに向かってしまう。
 大きな街だからやっぱり郵便屋さんも大きいな、グラトルさんはここにいるのかな……。
 乙女な自分の思考に苦笑して、暗くなってきたし帰ろうと思ったそのとき。
 背後から誰かにぽん、と肩を叩かれた。
  











 見習い魔女っ子の旅路 19



 ぽん、と後ろから肩を叩かれて、あたしの心臓はとびあがった。

 まさか。
 まさか、そんな小説とかにありがちな展開なんかにならないよね?
 後ろを振り向くのが怖い。だけどこのまま気付かないふりをするのはあまりにも不自然だ。
 もしも、後ろにいるのがおまわりさんとかだったら、肩を叩かれて逃げるのは後ろ暗いところがありますと言ってるようなものじゃない? 後ろ暗いところは、ないんだけど。
 いや、あたしの髪と目の色がおかしいからこの街から出て行けとか言いに来た人とか!?
 ……ともかく、振り向いて確かめてみないと。
 もしも、もしもグラトルさんだったりしたら逃げよう。そうしよう。

 どきどき早い鼓動を打つ心臓を手で押さえ、おそるおそる振り向くと。

 そこには郵便屋さんの制服を着た女のが人がいた。

「そこで落としてましたよ」
 言って差し出してくれたのは、ベールをとめていた髪のピン。
 はずしたときに、ベールにつけっぱなしにしちゃってたみたい。お礼を言って受け取った。
「郵便局にご用事ですか?」
 郵便屋さんのお姉さん(年上だろう、多分)は濃いこげ茶色の髪をショートカットにしていて、清潔感のある感じの可愛い人だった。挙動不審なあたしに首をかしげたお姉さんは、人懐っこい笑顔をしてさらに話しかけてくる。……や、もうここから立ち去りたいんですが!
 いつさっきみたいにグラトルさんに肩を叩かれるか、気が気じゃない。
「い、いえ……。ちょっと知り合いがいるもので。も、もう行かなきゃいけないのでこれで!」
 しどろもどろで返事をして、かなり無理な言い訳をしてその場を立ち去った。
 ああ……。かなり怪しい人だ、あたし。

 それからほぼ走るくらいの勢いで宿屋に戻ったけど、何か怖い目にあったんじゃないかと心配してくれるおかみさんに何を言ったか覚えてない。
 部屋に駆け込んで、ベッドの上に飛び乗って頭を抱えた。

 ……会うために住むつもりでここに来たのに、会うのを怖がっててどうする、あたし。
  











 見習い魔女っ子の旅路 20



 ごろごろしながら身悶えていたらいつの間にか寝てたらしい。
 知らない天井を見上げて思い出すこと数秒。そーいえば、あたし宿屋に泊まってるんだっけな。
 自分で思っていたよりも疲れていたみたい。寝巻きに着替えないで寝たから服がしわだらけだ。とりあえず顔を洗って、服を着替えて、朝ごはんを食べに行こう。昨日晩御飯を食べなかったから、お腹ぺこぺこだ。

 宿屋の食堂に行くと、おかみさんが晩御飯を食べにこなかったあたしを心配してくれていた。
 疲れて眠っていて、と謝ると午前中は部屋でゆっくりしていたら、と言ってくれた。本当にいい人だ、おかみさん。お言葉に甘えて、2度寝させてもらいます。

 お腹いっぱいになって、今度は寝巻きにちゃんと着替えてベッドに潜り込むと、すぐに心地良い眠気がやってきた。
 朝、2度寝するだなんていつぐらいぶりだろう。いっつも、洗濯とか薬草採取に朝早く起きなきゃいけなかったから……。



 ……で、また起きたらお昼だった。
 朝よりちょっと頭がすっきりしてる。
 ちょっとすっきりした頭であたしは今日やることを考えた。
 まずは、どんな街か見てくること。暁月さんに会いに行って話を聞くのもいいかもしれない。
 んで、郵便屋さんに謝ること。ほんとはこっちがメインなんだけど、後回しにしたい。てか、やりたくない。切実に。でも、謝らずに帰ってきたら師匠になんて言われるか分からないから、片付けて帰らなきゃ。……いや違うか。あたしがまた後悔する。あのとき謝ってればよかったって。
 ともかく、今日はこの2つを頑張る。

 そう思って、とりあえずお昼ごはんと思って1階の食堂に降りていったら。
 なんと、郵便屋さんと目が合いました。
 ……展開、速すぎませんか?