見習い魔女っ子の旅路 21



「………瑞月さん?」

 たっぷり硬直したあと、郵便屋さんは思わず、といった様子で立ち上がった。
 と同時に、我に返ったあたしは急いで階段を駆け上る。

「ちょっ、まっ!瑞月さんですよね!?ベールないけど!」
「違いますぅ〜、人違いですっ!」
「だったらなんで逃げるんですか!?」
「逃げてませんっ、ちょっと忘れ物を取りに帰るだけです!」

 この間約10秒。
 走りまくって自分の部屋に駆け込んで、内側から鍵をかけてほっとして、そしてあたしは自分の失敗に気づいて青ざめた。
 やっちゃった……。

 あたしが今やったのは、あたしが今住んでる部屋ここですよ〜って宣言するようなもので。や、知られるの嫌なんだったら宿を変えればいい話なんだけど。でもここのおばちゃん良い人だし、ごはんも美味しいし。できれば宿を変えたくないってことで、知られたくなかった。
 無意識のうちに篭城するだなんて、どんだけ反射で行動してるんだよあたし…。

 扉に手を突いて落ち込んで、ふと気づくと扉の向こうが静かになっていた。
 あきらめて帰ったのかな?
 耳を押し当てて様子をうかがっても、物音一つ聞こえない。
 ……帰っちゃったみたい。
 悲しいような寂しいような、でもほっとしたような複雑な思いを抱えながら鍵をそっとはずす。
 念のため、細く扉を開けて隙間から廊下の様子を覗くと、横からぬっと手が出てきた!

「!!!」

 声も出ないくらいびっくりして思わず後ずさりすると、手は隙間をこじあけて広げると本体をつれてきた。
 本体は瑞月をみつけると、手を伸ばして彼女をぎゅっと抱きしめて、言った。

「あいたかった……」

 それはまるで、迷子の子供が母親をみつけたような、長い旅をしてきた旅人が目的の地にたどり着いたときのような、安堵と疲れとため息と感動と、涙のにじんだような声だった。
 あたしはそんな彼にたいして何を言えばいいのか分からなくて。ただただ、彼のされるがままに抱きしめられていたのだった。
  






 見習い魔女っ子 22



 しばらくすると、混乱も落ち着いてくるもので。
 あたしは郵便屋さんに抱きしめられた状態で、これからいったいどうしたらいいのか悩み始めた。
 まず、手はどこに置けば正しいの。相手の肩?それとも背中?このままだらんと下に垂らしているのはやっぱり乙女的にまずいんだろうか。それ以前にそろそろ苦しいっていうか痛いんですが。力を緩めてくれませんかね?骨がぎしぎしいってる気がするよ。心情的にはギブギブ!って感じだ。
 耐え切れずに腕から逃れるべくごそごそ動くと、やっと郵便屋さんは力を緩めてくれました。……緩めるだけで、はなしてはくれないんですね、了解です。

「どうしてここに?」

 回された腕を気にしていると、こつんとおでこ同士がくっつきました。ちょ、近い、近いです!!
 あたふたしつつ見上げると、嘘は許しません的な強い眼光で郵便屋さんが見下ろしておりました。ちょっと怖いですよ郵便屋さん。

「いえあの、ちょっと所用がありまして」
「どんな?」

 さらに質問攻めにする郵便屋さん。どうして今日に限ってそんなに追及するんですか……?

「えっと、そうそう師匠の師匠に会いに来たんですよ!」
 そうそう、たしかこの街は暁月さんのいる街なんでした!

「師匠の師匠?」
「暁月さんという魔女です!せっかくここまできたから、挨拶していこうかと」

 そういうことにしておいてください!じゃないと、会いに来たとか言うの恥ずかしすぎて憤死しそうです。
 あたしが必死に言いつくろっていると、「そう……」と呟いた郵便屋さんが見るからにしょぼんと悲しそうな顔をした。

 ……あー。
 好きな人を落胆させてまで嘘ついて、何やってんでしょあたし。べつに言っても大丈夫だよね、あたしが激しく恥ずかしいだけで。
 悲しそうな顔をじっ、と見つめてあたしは勇気を振り絞った。

「嘘です。郵便屋さんに会いに来たんですよ」

 悲しそうな顔がぱっと明るくなった。
 そのことにほっとして、あたしもつられて笑顔になる。ここで気が緩み、うっかり言わなくてよかった一言を言ってしまったことを、あたしは後で散々後悔することになった。

「お別れを言いに」

 喜色満面な笑顔から一転、泣きそうな顔になった郵便屋さんは「瑞月さんのバカー!!」と叫びながら宿屋の部屋を飛び出していった。
 ちょ、なんか言動があたし以上に乙女チックなんですけど!?
  






 見習い魔女っ子 23



  呆然として、窓から見える道を泣きながら走っていく郵便屋さんを見送って、はっとあたしは我に返った。
 ちょ、まじで帰ってくの!?こういうのってどっかで追いかけてくるの待ってるもんじゃないの!?てか泣きながらこの宿の1階通って出て行ったのか!これから1階でご飯食べづらくなるじゃん、どうしてくれんの!



 変な噂とかたってたらどうしよう……。
 そろそろと階段を下りていったその先の食堂であたしが出くわしたのは、宿屋の皆さんの生暖かい視線だった。
 ベールが恋しい!この街に来てから被ってないベールを今すぐ取りに戻りたいよ!
 視線が痛すぎます……。

 視線から逃げるように宿を出て、郵便屋さんが走っていった宿の前の道を少し早足で歩いていく。……いやだってさ、走っていった人を走って追いかけたら関係者だってバレバレじゃない。じゃなくて、どこに行ったか分からないから探しながら追いかけなきゃいけないしね!見失ったらたいへんだしね!……そういうことにしておこう。

「あの……泣きながら走っていった人見ませんでしたか?」
「あぁ、お嬢ちゃんあの少年の彼女かい。ダメだよ、男を泣かせるような悪い女になったら!まぁ、俺も昔はかぁちゃんに散々泣かされたもんだがね!はっはっは。あぁ、郵便職員の少年だったら、そこの角を曲がって走って行ったよ。郵便局がある方向だから、そっちに行ったんじゃないかねぇ」

 お腹が前方へ突き出た八百屋のおじさんに目撃情報を求めると、前半どうでもいいエピソードをまじえながら、近くの角を指差して教えてくれた。
 そっちに向かって歩き出すと、背後から「頑張れよー」という声が聞こえて、あまりの恥ずかしさに小走りになってしまう。てか、周りの人からの「あぁ……さっきの少年の。若いっていいねぇ」みたいな生暖かい視線が突き刺さって超絶恥ずかしいんですが!いやもう恥ずかしいってもんじゃないね、耳まで赤いことを自覚できるぐらいですよあたくし!!

 全速力で角を曲がると、生暖かい視線がちょっとやわらいだ気がした。
 ほっと息をついて顔をあげると、ちょっと先に昨日見た覚えのある郵便局の看板が。こういう時は人気のない海岸とか公園のブランコとかで一人で泣いてるもんじゃないのかしら。堤防の影の砂浜に座り込んでしくしく泣く郵便屋さんを夕日が照らしてたりとか、夜の誰もいない公園のブランコに一人ぼっちな郵便屋さんとか想像してみると……思いのほか、似合う。と、いささか自分でも恋愛小説に毒された感のある想像をしながら郵便局まで歩いていく。

 てか、コレのどこに逃げ込んだんだろう。
 郵便局は、正面から見ると今住んでいる宿屋と同じくらいの幅に見える。けど、正面に見える建物の奥にももう一棟あって、奥行きは宿屋以上にありそうだった。
 お客さんとかがいる正面の建物に逃げ込んだとは思えないから、裏の建物にいるのかな。勝手に入っていってだいじょうぶなんだろうか。
 建物を見ながら考えていると、

「郵便局にご用事ですか?」

 と聞いたことのある声とともに背後から誰かにぽん、と肩を叩かれた。
  






 見習い魔女っ子 24



 「郵便局にご用事ですか?」

 という声に振り向くと、昨日会ったお姉さんが立っていた。
 昨日と同じ郵便局の制服を着て、同じ笑顔のお姉さんはあたしの顔を見て不思議そうにこてん、と首を傾げた。

「あれ?…きみ昨日もいなかったっけ?」
「……はい。今日は用事があってきました」

 これは渡りに船ってやつじゃなかろーか。あたしはお姉さんにお願いして、郵便屋さん改めグラトルさんの部屋に案内してもらうことにした。





 そして今、あたしの目の前にはグラトルさんの部屋のドアがある。
 案内してくれたお姉さんは、興味津々という表情で連れてきてくれたあと「よかったら今度一緒にお茶しましょ♪」とお誘いしてくれた。まず間違いなく今日の出来事を話されるだろうが、案内料と思うことであきらめることにする。

 ……ともかく、ドアである。
 在室かどうかは外から分からないが、来た方向から考えて居るとは思う。
 開けるのは結構勇気が要るが、開けなきゃきっと始まらない。
 すー、はー、と深呼吸をして。
 ばん!とノブを掴んで押し開けた!
 
 ……つもりだったが、鍵がかかっていた。

「なんでー!!」
 なんだかすっごくむかついて、ガンガンガンガン叩いていると「どなたですか……?」というグラトルさんの声。

「開けなさい!!」

 そうして、ようやく開いたドアから出てきたグラトルさんの顔を、あたしは思いっきり睨みつけたのだった。

「なんで本当に帰ってきてるんですか!たしかに追いかけやすかったけど!!普通はどっかの公園のブランコとかにしょぼんと座っていてくれるべきでしょう!?きっと似合うんだからやっていてくれても良かったのに! ってそうじゃなくて、お引越しのときにお別れを言えなくて後悔して後悔してそれなら行ってみればどうだって師匠に言われてそれじゃぁがんばって追いかけてみようかなって勇気出して追いかけてきたのになんでそっちが逃げるの! っていうか追いかけられたら思わず逃げるよねじゃなくって! グラトルさんいないとなんか物足りないし寂しいしお茶美味しくないし夢に出てくる頻度増えるし! そりゃあたしよか乙女チックだしなんか時々人格変わるからびっくりするけどいないと物足りないし! ってこれさっきも言ったじゃんともかくあたしが言いたいのはですね……」

「僕が好きだってこと……?」
「そうそれ!」
 と、反射的に言ってから
「じゃなくて、あたしは怒ってるの!」
 と、言おうとしたけど言葉は出てこなかった。
 あたしはグラトルさんにぎゅっと抱きしめられてて、口が肩に押し付けられて発したはずの言葉はなんだかくぐもった音になって。

「僕も好きです。付き合ってください瑞月さん」

 そうして耳元で聞こえる熱のこもった囁きに、あたしはただ頷くことしか出来なかった。
  






 見習い魔女っ子の旅路 25



 そうして。
 あたしはあれから街のはずれに小さな家を建てて、暮らしている。
 やっぱり森の近くが落ち着くよね。薬草も採れるし。

 初めにグラトルさんで実験したあの魔法薬。やっぱり効いてなかったみたい。
 あたしには魔法薬の才能がないんだろうってことで、普通の薬の調合の仕事をすることにした。
 いまでは、少しだけどあたしが作った薬を指定してくれるお得意様もいる。
 宣伝部長がいるおかげかな。



 トントントン。
 調合室で薬草をすりつぶしていると、玄関の扉を叩く音がした。

「はぁい」
「瑞月さん、お届け物ですよ」

 玄関を出ると、見慣れた制服を着たあたしの郵便屋さんがあたしを見てぱっと笑顔になった。
「お師匠さんからの小包のお届けです、サインをお願いします」

 郵便屋さんと薬屋さんの宣伝部長、そしてあたしの彼氏さんといろいろ兼業することになったグラトルさんに、あたしは笑顔でいつものようにこう言った。
「郵便屋さん、お茶しませんか?」

 ……と。



fin.