「あたしは世界を救わない」






    だ
    か
    ら
    世
    界
    は
    滅
    び
    る 




 あたしは世界を救うために生まれた。
 よく分かんないけど、世界の意思っていうヤツがあたしを生み出した。
 世界は生きてるんだって。
 だからあたしは世界の防衛反応。
 世界は滅ばないために、自分が生き残るために、あたしを生み出した。

 きっと、それが間違いだったんだよ。

 だって、あたしは世界を救わない。


「あなたは救世主なのです」

 予言だか、なんだか知らないけど。
 あたしが憶えている一番古い記憶はこれ。
 あたしには聖痕ってヤツがあった。
 予言とか透視とか予知能力とか。
 そういう不思議な力全部使って、あたしは救世主って分かった。

 だからあたしは、救世主としての生き方しかしらない。

 皆に崇められて、ちやほやされて。
 あたしは、世界を救わなければなんの意味もない存在だった。

 だって、あたしは救世主なんだから。
 救世主はやっぱり強くなきゃ世界を救えない。
 本能的に世界を救う方法は知っていても、まずは世界を害する存在を排除するのが先。

 世界は今、悪魔に脅かされている。

 悪魔は突然現れて、次々と国を滅ぼしていった。
 いつの間にか人間の数はとっても減って、人類滅亡かって。

 でも、あたしが現れた。

 予言受けたんだって。

 世界は救われる。
 聖痕を持つ一人の少女によって。

 うそっぱち。

 あたしは強くなった。
 あたしは救世主でなければいけなかったから。

 人には優しく、いつどんな時でも笑顔を絶やさず、丁寧に接する。
 人前に出るときには綺麗なかっこして、奇麗事を並べた宣言をする。
 皆が戦に出る前には歌だって歌う。勝利の歌。
 あたしはあらゆることをした。

 救世主だから。




     すごく、すごく、重かった。




 逃げたくて、逃げたくて、でもあたしには救世主であるしか道はなくて、あたしは救世主として生まれてきたのだから、あたしは救世主でなければいけなかった。



「お前、さ。救世主なんだって?」

 なにこいつ?って、思った。
 人をじろじろ見て、ふーん、ってしたり顔で頷いて。
 あたしは、ずっと笑顔でそれを見ていた。

「なんか、それって疲れないか?」

 知り合ってからしばらくして、そいつはそう聞いてきた。
 それ、は、笑顔のこと。
 出会ってからずっと、笑顔を欠かした事はない。
 あたしは救世主だから。
 心底不思議そうに問いかけるそいつに、あたしの胸の奥がうずいた。
 疲れた。すごく疲れた。
 弱みも、あたしには許されない。
 あたしは強くなきゃいけない。
 だから、笑って、笑って…「何が?」って聞き返す。
 そいつは、不機嫌な顔になって、あたしの頬を引っ張った。
 驚いて、すごく驚いて、眼を見開くと、そいつは初めてあたしに笑顔を向けた。

「笑顔以外の顔、初めて見れた」

 救世主にこんな事するやつなんていなくて。
 そいつは地位も高くて、だからあたしに近づいても誰も何も言わなくて、初めて、あたしは人の感情ってやつに触れたんだ。
 それからあたしとそいつは仲良くなって、あたしは顔の表情筋を笑顔以外に使うことが出来るようになった。
 あたしは、救世主の顔をしていなかった。

「…俺は、お前の作る世界が見たい」
「え?」
「お前は、世界を救う。救った後の世界はお前が作るんだ」
「あたしが?」
「そう。俺は、それを見たい」

 真っ直ぐな瞳で、そんなこと言い出すから、すごく驚いた。
 あたしは世界を救う。
 でも、その後はどうなるのか考えた事もなかった。

「あ、たしは…」
「俺も協力するから。もっと強くなって、お前を手伝うから。だから、一緒に世界を救おう?」

 多分、そいつは、あたしの中にある弱さとか、勝手に気付いていて。
 少しだけ、泣いた。

 あたしは、逃げたい。
 苦しくて、苦しくて、救世主という役割を演じるのが嫌で、でもあたしには救世主以外の道を歩く事が出来なくて、もがいて、足掻いて、諦めて。

 ほんの少し、勇気を貰った気がした。
 あたしの隣にそいつが居てくれるって思ったら、なんだか、少し気が楽になった。

「じゃあ、頑張る」

 あたしはそう答えた。


 うん。たくさん頑張った。
 元々すごく頑張っていたと思う。
 けれどもっと頑張った。
 あたしはどうやら生真面目な性格みたいで。

「お前、頑張るのはいいけど、ぶっ倒れるなよ?」

 そんな風に言われちゃってた。


 でも、あたしはぶっ倒れた。
 どうやらあたしは生真面目すぎるらしくて。
 多分すごく色々溜め込んで、それはもう見事に倒れた。

 でも、倒れこんだそいつの腕の中が、すごく温かかった事は、よく憶えているんだ。

「馬鹿!!頑張りすぎだ!!!」

 救世主に『馬鹿』だなんて面を向かって言えるのは、きっとそいつくらいのものだ。
 初めて聞いた罵声に驚いたけど、そいつが取り乱すことはすごく珍しくって…あたしは、少し嬉しかったんだ。
 ああ、心配してくれたんだ、って思ったから。

 素直にそう言ったら、怒られた。

「当たり前だ!この馬鹿!!!」

 ああ、人生2回目の罵声だ。
 それなのにすごく嬉しくて、温かくて、あたしは思わずそいつに抱きついてしまった。
 そうしたら、そいつ、すっごく慌てて、でも抱きしめ返してくれたんだ。
 顔真っ赤にして、今まで見たこともないような顔して。

「………心配、かけるな。俺を頼っていいから。俺も協力するから。…無理しないでくれ」

 ああ。もう。
 あたしはすごく嬉しくて。
 この喜びとか、どう表現したらいいのか分からなくて、ただ、その体温に安心した。



 でも、でもね。


 もうその体温はないの。
 冷たいの。

 あたしね、頑張ったんだ。

 頑張って頑張って、悪魔を倒した。

 それで、あたしは急いで引き返した。
 だって、そいつが…あなたが、あたしの為に戦ってくれていたから。
 あたしが万全の状態で悪魔に立ち向かえるように。
 雑魚とかみんな引き受けて、引きつけて、戦ってくれた。

 すごく、急いだ。

 ねぇ。どうして倒れているの?

「……倒したのか?」
「倒したよ」
「そうか……良かった」

 全然良くない。
 どうして?どうしてあなたが倒れているの?

「なぁ」
「なに…?」
「顔、近づけてくれよ」

 あたしは、言われたままに顔に顔を近づける。
 あなたの瞳に映るあたしは、みっともないくらいにぼろぼろ泣いていて。

「泣くな」

 そんなの無理だよ。
 あなたの手が、ゆっくり持ち上がって、あたしの涙をぬぐった。
 そのまま大きな手があたしの首の後ろに回されて、ほんの少し、引っ張られて、唇と唇が、近づいて…触れた。
 あたしの涙の雫が、あなたの顔にたくさん落ちる。

「好きだ。ずっと愛していた」
 
 あたしとあなたは、一緒にいたし、誰よりもきっと近かったけど。
 あたしは救世主だった。
 あなたは王子様だった。

 だから、あたしたちは…

「あ、た…あたしも…好きだよ。愛してるよ」

 ―――あたしたちは、想いに蓋をした。


 初めて触れた唇は、とても冷たかった。


「ありがとう」

 凄く、すごく、嬉しそうにあなたは笑って。



 いってしまった。




    ガラガラ




       ガラガラ





 ああ、あたしの世界は壊れてしまった。




「ごめんね。私、無理だ…。救世主なんて…なれない」





 あたしの世界は、あなただったんだよ。



 だから、あなたが居なくなってしまったら、何の意味もない。








 あたしは、世界を救う術を知っている。
 本当の敵は悪魔ではなくて、悪魔が起こした後始末と、世界の活性化があたしの役目。
 それからあたしがいることが世界にとっての救い。
 あたしの存在が世界を浄化させる。
 滅びを引き止めることが出来る。
 あたしは世界の楔なんだ。
 それは、誰にも言ったことはなかったけど。
 あたしが救世主として生きるうち、自然と知ったことだ。



 でも、でもね。

 もう、いいんだ。



 あたしはもう世界なんてどうでもいい。
 あなたの居ない世界は、あたしの世界じゃないから。




  ガラガラ




      ガラガラ






 救世主は、その役割を放棄した。






    だ
    か
    ら
    世
    界
    は
    滅
    び
    る 







「あたしは世界を救わない」






 あたしは、そうして世界を滅ぼした。
 2006年01月26日
 世界を滅ぼす救世主の補完というかなんというか…。
 なんとなく「あたしは世界を救わない」っていうフレーズが気にいって、それ使って書こうと思ったら、意外に長くなった…。
 これをバッドエンドとは思っていない自分は間違っているのだろうか…?
 (ハッピーエンドともいえないけど)

 次はなんとなく男編。