血だまりに沈むのはぼろぼろの暗部服を纏う人間。
 黒い髪は、肩まで流れ、べっとりと血を吸っている。
 蒼白な顔はうっすらと笑んでいる。
 それを、座り込んだ少女が抱きかかえていた。
 血をべっとりと顔につけて、真っ白な瞳は虚空から動かない。

「何…?…ど…うなってるの…?」

 サクラの呟きに、いのが震える唇を開いた。

「…嘘…」
「ねぇ…いの…あれ…シカマル…?」

 いのが思った、全く同じ事を、チョウジが言った。
 その場の全員が、その言葉に血まみれの人間を凝視した。
 だが、乱れた黒髪とこびり付いた血が不鮮明にその顔を隠す。

 と、そこへ、上忍たちがたどり着く。
 状況は分からないのは彼らも同じ。

「ヒナタ?」
「紅」

 ヒナタに向かおうとした紅をアスマが止めた。
 先ほどまでとは違う空気が辺りを包んでいる。
 カカシが、あたりに視線を配る。

「何者だ―――」

 ガイの声が奇妙に響き、下忍らはきょろきょろと周囲を窺った。
 人の気配なんて全くしない。


 けれど。

 ひどく緊迫した空気が流れて―――。



 不意に現れた忍が、放心した少女を狙った。


「ヒナタ!!!」
「シカマル!!」


 ガイとカカシが飛び出す。

(間に合うか―――!?)

 冷静などこかがそれは厳しいと判断を下す。




 ―――が。




 彼らに出番はなかった―――。

 ガイとカカシ…その前に立つのは2人の下忍。
 更にその前に転がるのは、つい今しがた現れた忍。

 ―――胴と足が切れていた―――。

 彼らがいつそこに立ったのか。
 彼らがいつそれをしたのか。
 捉えられた人間はいない。



 2人の下忍の名は―――。




「ナル…ト…?」「………テンテン…?」





 ナルトの金の髪がふわりと風に揺れた。
 テンテンの腕がゆっくりと動いた―――。
 それに呼応して、ぽたぽたと赤い雫が地に落ちる。
 2人は振り返ることもなく―――笑った。
 その背に声をかけることなど誰も出来ない…。
 その笑みは、たやすく人を恐怖に陥れる。

 その手が、ぴくりと動いた。
 獲物を狩るために…。


 だが―――。





「下がりなさい。赤夜―――。弦蒼―――」





 冷たく―――まるでガラスのように感情のこもらない声に、彼らははっきりと身を強張らせた―――。
 急にそこ一帯の気温が下がる―――。
 誰もが、全身に鳥肌を立て、見苦しいほどに震える。
 下忍の何人が自分の死をイメージしただろうか―――?

 ある者は、涙を流し訳の分からぬ言葉を吐きながら地面にすがりつく。
 またある者は、放心し、自分の股下より流れれる者にすら気付かない。
 またある者は、全てのものを吐き出し、それでも収まらずに胃液さえも流しだす。

 この場を覆いこむ殺気―――。

 これに比べれば―――大蛇丸の殺気すら大したものではない―――。
 現に…上忍である4人すら背を伸ばし、立つこともままならない―――。



 その場に立つのは、暗部第3班"葉火"の1人―――赤夜。
 本来の名を―――テンテン。

 暗部第3班"葉火"の1人―――弦蒼。
 本来の名を―――うずまきナルト。


 静かな声が更に響き渡る。



「彼らは、私を怒らせました」



 奈良シカマル、暗部第3班"葉火"の最後の1人、黒鉄を地へと降ろす。
 彼の血は、いつの間にか止まっていた―――。



「赤夜。黒鉄の治療を。弦蒼。木の葉の忍に結界を」



 彼らは物言わず、その言葉に従う。
 彼女の命こそが、自分達を唯一動かせるものなのだから―――。



「風の国、火の国、水の国の抜け忍の者達。この、木の葉の至宝、日向の瞳が欲しいのなら、かかってきなさい」



 非常に静かなその声が、木陰に潜む彼らのためらいに覚悟を決めさせた。
 こちらは30人弱。しかも全員が上忍以上。ビンゴブック危険度A以上の人間ばかり。

 確かに一度は凄まじい殺気に呑まれたが―――勝てる。


 まず、3人の忍が動いた。


 2人は少女に飛びかかり、1人は印を組む。
 少女は動かなかった。

 ―――だが、印を組む忍の首が飛ぶ。

 音もなく、一瞬にして消え去った。
 忍の身体が崩れ落ちて、代わりに立つのは少女の影分身。
 誰、1人として…気付かなかった。
 そして、2人の忍が全く同時に火柱を立てた。

 それは…一瞬の出来事。
 忍の悲鳴が響く中で、少女は言った。




「暗部第3班"葉火"隊長、この緋赤が相手を致しましょう」




 2つの火柱に照らされる日向ヒナタと言う木の葉の下忍は、そう言った―――。
 その時の彼女をなんと表せばいいのだろうか―――。
 誰もが身を凍らすほどの殺気をぴりぴりと纏い、その柔らかな黒髪は、チャクラにあおがれ悠々と舞う。
 炎に照らされたその顔は、ひどく静か。
 ガラスのように透明で、氷のように冷たく、炎のように熱く、幼子のように無邪気で、死神のように酷
薄。

 そして、優美。
 人としての存在を超越した存在。
 それが彼女。

 その、姿。

 敵すら見惚れるほど美しく。
 彼女を照らす赤はそれを更に際立たせる。

 その、名前。

 全ての暗部をまとめる総括。
 暗部最強の名。

 ―――木の葉の守り神。


 パキン、と音がして、周囲200メートルに結界が張られた。


 それは彼女の力。
 いつの間にか組まれたその印だけが、彼女がそれをしたのだと示す。

 そして、少女は飛んだ。
 ひどく優雅に、まるで重力を感じさせない動きで。
 木に隠れていた敵の1人の前に、少女は降り立つ。
 その男は、目の前に敵が現れたというのに、ぽかんと口を開いたまま。
 絶対的な美の前に、男は全てを失う。

 血飛沫が舞った。
 鮮やかに鮮やかに。
 彼女の名は緋赤―――最も赤の似合う者。
 つぅ―――と、ヒナタの持つクナイに血が流れる。

 その赤に、抜け忍らはようやく我に返った。
 ある者はヒナタに拘束術をかける。
 ある者はヒナタに直接刃を向ける。
 術は少女の前で、ひどく呆気なくはじかれた。

 そして幾本も重なった刃を、少女はたった一本のクナイで受け止める。
 くるりとクナイが回り、それらを一旦己から放すと印を組みはじめる。
 印を組む間も彼女の四方から様々な忍具が襲いくるが、少女はそれらを全て身体を少しずらしただけでやり過ごす。
 ひどく長いその印は、完成と同時に地から炎を舞い上がらせた。
 ヒナタを囲むようにして吹き出たいくつかの炎のうねりが、幾人もの忍を巻き込んだ。

 激しく燃え盛る業火は、うねり、細く、長く天へと舞い上がる。
 その様はまるで龍のように。
 意思を持つものかのように、一度天でぐるりと回って手当たり次第に忍を取り込んでいく。

 その間ヒナタは当たり前のように腕を引いた。
 手にもつは、細い細い糸。
 チャクラで覆われたそれはヒナタの首を狙った男の足を刈り取った。
 もう一度腕を引けば、それはあっさりと男の身体をばらばらにした。

 血が、少女の身体を濡らす。
 やはりその赤は彼女にとても似合う。
 戦闘という名の虐殺。
 今、ここにあるのはそれだった。
2005年3月11日
ちなみに、緋赤=ひせき 赤夜=せきや 弦蒼=げんそう 黒鉄=こくてつ、と読みます。
”葉火”は”ようか”です。