『さと、のおさ』 「ヒナタ」 「………」 「ヒナタ」 「………………」 「……………」 「………………………………」 「ヒナタ!!!!!!」 怒鳴り声に、ようやくヒナタと呼ばれる少女…火影は書類から視線を上げた。 大きな机をはさんで、火影の目の前に立つのは、淡い金色の、長い髪を持つ少女。泣きはらした真っ赤な目が火影をじっと見ていた。 昔、むかし、あの人が死んだときと同じ、泣きはらした瞳。 火影は軽く息を吐き、殊更冷たい声で彼女に応じる。 「山中いの、何か?」 「―――っ!」 まるでそれは、日向の、口ばかり達者な老人たちに放たれるような、冷たい、冷たい、氷のような声。半眼の瞳は感情など全く感じさせず、ただただ、冷たい。 ………それは、山中いのに、一度たりとも見せたことのない、日向ヒナタの、火影としての一面。 その、無言の圧力ともいえるものに、いのは、思わず後ずさっていた。それが、忍にとって命取りになる事を、誰よりもよく知っている身でありながら、足は自然と引かれていた。 「………」 「………幻華の砺埜、悪いけど、出て行ってくれないか。書類が、進まない」 知らない笑顔。 知らない表情。 「………」 言葉が、詰まった。 何度も口を開いて、けれど何も出てこなくなる。 何も頭に浮かばなくなる。 いのにとって、理解できない事だった。 理解したくない事だった。 この、火影は…違う。 いののよく知る火影とは、違う。 いつもよりも遥かに激しい音で扉が閉まり、火影は大きく大きくため息をついた。 頭がパンクしそうだ。 「本当は、死刑、とか、妥当なんだけどね」 国の最高機密事項を記した重要な書ばかりが、あの小さな小部屋に納められていた。代々火影受け継がれる、機密情報。国の表部分も、裏部分も、等しくそこに納められている。例えば、そう、今現在火影をしている日向ヒナタが、6歳にして、既に歴代火影程の能力を持っていたこと。 …そんな力を、たった6歳の子供が持っていた、その理由。 「チョウジは、気付かなかったみたいだけど…」 ヒナタにとっても知られたくない過去が、あの部屋にはいくつもあった。だから、ヒナタ自身もまた、チョウジに怒りを覚えている。踏み込まれたくない領域に、土足で入り込んだチョウジが許せない…部分も、ある。 けれど。 ………けれど、そう。 里の代表者として、里の長として、火影という名を背負うものとして。 「…………………許すよ、チョウジ。けれど……償いは、してもらう」 命は奪わない。その罪も問わない。 それだけの価値が秋道チョウジにはある。 木の葉に対する忠誠、火影からの信頼、火影に対する信頼…何よりも、その能力。 澄神の柯茅…その名は他国にまで鳴り響いている。 「甘い、かな。私は」 いつも後ろで答えを返してくれる存在はいない。 それが何よりも寂しく、身にこたえた。 元、火影は嘆息した。 ピクリと、それに反応するひとつの影。 「……バカなことをした」 「……………そう、じゃな」 「………なんか、俺、もう…………………疲れたってばよ」 「…………そうじゃの」 頭をなぜる。 昔のように。 ずっと、ずっと、昔の日のように。 |