『きめたこと』 走りながら、シカマルはとにかくそわそわしていた。 その珍しい様子にいのは笑う。こんなシカマル、なかなか見れるものではない。もっとも面白がっている場合でもないのだが。 話しかけようかな、と思った時、ちょうど忍の気配がした。 下調べでたむろしている場所は分かっているから、自分達に気付けば幾らでもぞろぞろと出てくるだろう。 回りこんでいる3人がつくのはもう少し先か。 それなら少しかき回しておこう、そう思って、シカマルに合図しようと思ったら、さっきまで居たはずの場所に、彼は既にいなかった。 「………あらー?」 首を傾げ、気配を探る。 さっき見つけたはずの忍の気配が、既に消えていた。 肝心のシカマルの気配は、はるか先。 「……暴走中?」 ほんの少し、笑ってしまう。いつものような笑い方ではなくて、ひどく乾燥した笑い。 どうしようかな、と、少し迷って、結局足を止めた。 巻き込まれるのは嫌だから。 遠くから、それはそれは様々な叫び声と罵声と刃のぶつかり合う音と爆発の音といろいろと聞こえてきたが、いのは一切関わりなく木の上で本を読んでいた。 ふ、と笑う。 我ながら大人気ないというかなんというか、とりあえず余裕がない。 テマリさえ絡むことがなければ、こんなに感情が乱されることも余裕を失うことも全然全くないのに。 大体火津は一体テマリの何なのか。 恋人なら恋人だと言えば良いじゃないか。 「………………………………」 「な、何だ貴様はっっ」 「追い忍か!」 「どこの里のものだ…っっ!!!!!!」 笑う。 恋人だとしたら、馬鹿みたいだ。 テマリと会う度浮かれていた自分が何よりも馬鹿みたいだ。 「あ"−−−−−−−−−−−−!!!!! くそマジでめんどくせーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 色々と恥ずかしすぎる気がしてきた。 もしも火津とテマリが恋人同士であったなら、自分はそれを引き裂こうとしている横恋慕男に他ならない。 会う度会う度そわそわしてしまったり、一挙一動に動揺してしまったり、些細なことで喜んでしまったり…。 それはもしも第三者の視点で見てみたら、ものすごく滑稽で恥ずかしいことで。出来る限り気付かれないように必死に隠してきたつもりだったが、気が付いてみればチョウジにもいのにもバレバレだったし…そう考えると他の人間にも結構バレバレだったのかもしれない。 唐突に叫んで固まっている暗部姿の青年に、抜け忍たちは唖然としてお互いの顔をうかがう。 どうする? なんか固まってるんだけど。 今のうちに殺すべきじゃね? や、捕まえて尋問した方が…。 「いや、そうとはかぎんねーよな」 またも唐突に暗部服の青年は1人で喋り、勢いよく頷く。 あからさまに挙動不審すぎて、こいつ頭おかしいんじゃないのか? という憐れみの眼差しが青年に注がれる。 その視線もなんのその…というかどんな風に見られているのか、なんて全く気付いていないシカマルは、うんうんと頷く。 恋人同士、というには2人ともおかしかったし、ただごとではない雰囲気だった。 「………あーくそわっかんねー」 そう叫びながら、彼はようやく周囲の抜け忍たちに視線を向ける。 暗部面から覗くやけにうろんげな瞳に、大半が、後ずさる。 「とりあえず、マジめんどくせーんだけど」 なんにしろ、今目の前にある障害をどかさないと考え事も落ち着いて出来そうにないから。荒んだ瞳で周囲の抜け忍らを睥睨し、シカマルはチャクラを練る。 目に入った適当な10人を選んで、影を繋げる。 シカマル本体はぼうと突っ立っているだけにも関わらず、彼の影は長い印をきり、繋がった影と影を泳ぎ、10の人間の影と本体の接する足の部分を、刀で断ち切る。刀、と言っても影だ。真っ黒な、シカマルの形をした影。 それが影と本体との間を断ち切る動作をした瞬間、本体の方は次々と倒れ伏していく。 「…っっ」 「何だ…」 それを、なんと表現すればいいのだろう。 ずるりと、本体が影に飲み込まれた。 影が立ち上がり、本体を暗闇の中に取り込む。 全てが影の中に沈む、その、瞬間―――。 この世のものとも思えぬような、おぞましい絶叫が抜け忍たちの耳を突き抜けた。 金縛りにあったかのように動けない。 ぶわ、と全身から汗が吹き出た。 歯の根がかみ合わず、見苦しいまでの音が鳴る。 視線の先で、ありえないことが起こっていた。 幻術、そうだったほうがどれだけ良かっただろう。 目の前に起こっているそれ、は、紛れもない現実だった。 生理的嫌悪を促す絶叫が途絶えた、と思った瞬間、影が起き上がる。 黒い薄っぺらな、人の形をした影が、立ち上がったのだ。 ぼこり と音がした。 連鎖するように、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も 薄っぺらな黒い影が音に合わせて姿を変える。 目玉が飛び出し血管が伸び神経が繋がり筋肉を構成し、血を吸収し…。 一度バラバラに崩した人間という人形をもう一度滅茶苦茶に組み立てるように、して…。 ぼこ……。 その、影だった生物は絶叫する。 いびつな人間がそこにいた。 どろどろに崩れた造作は、人間ではありえない、存在。 崩れた皮膚や飛び出した骨をそのままに、彼らは足元に落ちていた刀を拾う。 「―――………ぁ」 ようやく、ようやく頭が動き出した。 目の前にいる存在を知覚したような気がした。 「ぁ………あ…あ…ああああああああぁああああ!!!!!!!!!!!!!!」 忍としての矜持など…誇りなどどこにもなかった。 ただ、恐ろしかった。 ただ、怖かった。 恥も、外聞もなかった。 手柄など、報告など、そんなものどうでも良かった。 震える両腕で刀を握り、何度も何度も切りつける。 切りつけた場所から血だけではなく、変な粘膜や液体が吹き出て体中を濡らした。 それでも、そのいびつな人間は何事もなかったかのようにうごめき、刀を振るった。 うつろな目玉がどろりと零れ、それと同時に力任せに頭から刀を叩きつけられ、男の頭の何分の一かがずるりとずれた。 それは、その場で起こった惨劇のうちのたった一つ。 中央に立つ暗部服の青年は、もう何もしなかった。 自分の周りに結界を張ったまま、何事もなかったかのようにその場に対して踵を返す。 叫び声も、爆発音も、まるで聞こえないと言うように。自分の起こした惨状などどうでもいいように。 血、だけではなく、様々な人体の部品が転がった空間を器用に避けながら歩く。 しばらく歩いて見上げた先に、見慣れた金色の髪。 「砺埜ー、後始末頼むわ」 「女の子に始末頼もうなんて甘えてんじゃないわよー」 すげなく言われた言葉にむっとして、大体、と声を張り上げる。 「お前なんもしてねーだろ!」 「あんたが勝手に暴走したんでしょー。あの術味方がいたら使いにくいから遠慮してあげたんじゃなーい」 全く悪びれない上から降ってくる言葉に、大きなため息をついて、シカマルは木の上に上る。 "幻華の砺埜"と名高い暗部は、何でこんなところにあるのか、木の葉で人気の小説本を開いてすっかりくつろいでいる。 「お…まえなー…」 「なーによ。あんたが勝手に先走ったんだからねー。それで、すっきりしたー?」 ちまちまちまちま力を制限するのは、苛々している時や気になることがある時は拷問でしかなくて、その逆に持っているチャクラを散々放出して大技を使うと、かなりすっきりする。 シカマルは基本的に器用なので、滅多にそういうことをしないが、その分小さな苛々を溜め込む傾向にあった。 「…まぁ、一応」 「ふーん。良かったじゃないー」 屈託なくそう言って、小説本にしおりを挟みこんだいのは、身体ごと向きを変えてシカマルに向き直った。 「あのさー、テマリさんに告白したらー?」 さも簡単そうに言ってのけたいのに、ぽかんとしたアホ面をシカマルは見せる。 それがおかしかったのか、いのは面白そうに笑った。 「テマリさんは、案外鈍いと思うのよねー。好意を向けられるのを嫌がっているっていうかー、なんか、直接好意を向けられたくない感じ? 無意識かもしれないけどー」 「………こ、こ、告白、って、どーすんだよ」 乗ってきた、といのはひそかにガッツポーズ。 手っ取り早くテマリとシカマルのごたごたを片付ける方法。 ようは互いの立ち位置や関係がはっきりしていないから、今みたいな気まずい空間になるのだ。それは火津のほうも同様だが、彼は彼で何か考えがあるようにも見えるからなんともいえない。第一いのは火津のことを詳しく知らないから。 「ほんとは人に聞くもんでもないと思うけどー、好きだーとか、愛してるーとか、一生傍にいたいーとか、守りたいーとか、何でもいいとは思うわよー。分かりさえすれば」 「そ…んなこと言えっかよっっ」 思いっきり引いたシカマルを逃がさないよう、いのはその手をがっしりと掴む。 「女はそーいう言葉に弱いのよー!」 「っっ!!」 「チョウジはねー、傍にいるからって言ってくれたのよー。別になんてことのない日だったし、ロマンなんてどっこにもなかったしー、そーゆー雰囲気も欠片もなかったんだけどー…。嬉しかったわよー」 ふわりと綻んだいのの笑顔は、ひどく幸せそうな華やかなもので。 なんとなく、シカマルは照れてしまって視線をそらす。 テマリのこんな笑顔は、一度も見たことがなかった。 「……それもいいかもな」 例え、火津とテマリが恋人同士なのだとしても、シカマルがテマリを好きなことに嘘はないから。 もっと一緒にいたいと思うから。 もっと笑っていて欲しいと思うから。 泣きそうな顔、なんて、もう見たくないと思うから。 断られたら、その時はその時。 大技を使ってすっきりして、頭の中も大分冷えたのか、シカマルはそう小さく笑った。 |