―――…ぞわり。
一瞬にして全身が粟立つ。
何…?
「誰じゃ…」
ひんやりと背中を伝う感覚。
殺気ではない。
ただただ冷たいだけの、凍り付いてしまいそうな冷気。
ふ、と、暗闇が増す。
抜け出す事の出来ないような、深い、闇。
純粋に、恐ろしいと感じるこの妖気。
大蛇丸?…いや、彼すらもこの前方から流れる空気に比べれば、子供のようなもの。
「じっちゃん」
「っっ!!!ナルト―――!?」
火影の声に、ぼんやりと闇が動いた。
涙に濡れた青い相貌。
手に抱えた黒き物体。
「俺、行く。もう木の葉に用はないから」
火影は、ただ、目を逸らした。
彼の…いや…彼らの姿から…。
うずまきナルト、という少年。
この世に生を受けたその瞬間から、人より重き、尋常ならざるものを背負った少年。
里の人間より迫害され、幾度も毒を盛られ、命を狙われ、少年はいつしか人を信じなくなった。
人 を受け入れなくなり、人 そのものを拒絶した。
当たり前であろう。
それでも。
それでも…火影はうずまきナルトにとって特別な存在だった。
ただ1人、ナルトを庇護し、愛情を与え、住む場所を与えた人間。
火影は、確かにナルトを愛していた。
ただ、彼はそれと同様に里を愛していた。
…それだけの事だったのだ。
里には九尾という憎むべき対象が必要で。
その憎むべき対象は、九尾を腹に抱えた小さな子ども。
虐げられ、疎まれる存在。
それはそのまま里の汚れのようなものだった。
暗く淀んだ憎悪は次第に積み重なり、闇を一身に引き受けた少年はそれに取り込まれるを得なかった。
少年に、火影は封印を施した。
火影の許可なくば里の外に出ることの適わぬ首輪を。木の葉に刃向かうことの適わぬ鎖を。
それは、少年にとって、裏切り。
どれだけ里のためを思ってはいても、どれだけ少年のことを思ってはいても。
その行為は全てを無に帰した。
「…ナルト…」
引きちぎられた、その封印術。
少年がいつしか火影を超える力を見に付けていた証。
「生き延びろ…」
すまなかった、とも、悪かった、とも火影は言わなかった。
謝る事はひどく簡単で、それ、ゆえに何の効果もない。
必要なのは少年を思う言葉。罪悪に囚われた謝罪という形は彼を縛るだけ。
「…うん。絶対に生き延びる。俺と、ヒナタの2人で」
涙の筋の残る瞳で、結界に包んだ上に回復効果を高めている少女を見て、少年は頷いた。
少女は少年に希望を与えた。
経緯など知らない。ついこの前までその正体も知らなかった。
けれども弧耀の道を照らしてくれた事に感謝している。
そうして火影と少年は同時に背を向けた。
もう、互いの手は必要ない。拘束も、束縛も、彼らの間には何一つ繋ぐものは存在しない。
どちらも振り返ることはなかった。
その夜、木の葉は異様な雰囲気に包まれていた。
特に何があるというわけではない。
ただ、空気はどんよりと重く、湿気た空はまるで涙のように少しずつ水を吐き出す。
身体に纏わりつくようなねっとりとした闇が、月も星も覆い隠し、ただただ暗闇だけがそこにあった。
何処かいつもとは違う空気に、忍は不安げに顔を見合わせ、忍でないものも、子供たちも、身体を寄せあう。
木の葉は既に 人 の領域ではなくなっていた。
ここは 人 でないものの領域。
獣うごめき、闇にはこびる魔の領域。
そして―――
神 の領域。
その日の翌朝、木の葉の里中を噂として駆け巡っていた、九尾の狐と、日向の姫の死体が発見された。
「―――えええええっっ!?な、なんで!?」
「死んじゃったの!?」
物語に聞き入っていた子供たちが、口々に叫ぶ。
同じように聞いていたと思われる黒髪のカップルも同様だ。
彼らは恐らくこの物語の結末を知っているのだろう。
不思議そうに首を傾げている。
物語を語り紡ぎし、吟遊詩人の若者は苦笑しながら琵琶を鳴らした。
まだ、物語は終わりではないのだから。