人 というものは 人 である限り

 結局のところ 危険を隔離せずには生きられないのだろう。


 それは 呪縛 と言うのかもしれない。

 誰かはこうも例えた。


 ―――籠の鳥。

 ―――檻の獣。


 人 が危険とみなすものは 人 でないものに他ならない。

 かつて 自分達を守り続けた存在を 人 でないが為に排斥したように。

 人 は 人 しか信じることが出来ないのだ。






「弧耀。今回の任務じゃ」

 そう、火影が巻物を放り投げれば、狐耀、と呼ばれた暗部は、仮面をしたままそれを受け取った。

「お前と炎弧だけでよいかの?」

 巻物を読み続けながら、狐耀はただ頷く。
 火影に対して、ここまで無礼に振舞えるのは、彼ぐらいのものだろう。

 暗部部隊長 弧耀

 その役職はほぼ飾り。
 彼ほど1人を好む暗部はいない。
 いや、正確に言えば1人ではない。
 彼の影に、必ずいる存在。

 炎弧

 その力は暗部と比較しても遜色なく、暗部ではないが弧耀の黒衣を身に着ける。
 そして弧耀の仮面を被り、弧耀によってひた隠しにされるその姿。
 誰もその顔を見たことがない。
 正体など知らない。

 それは、火影さえも―――だ。

「弧耀…」
「嫌です」

 巻物を元の形に引き戻しながら、弧耀は火影の言葉の先を奪った。

「まだ何にも言ってなかろう…」

 呆れたような火影の声に、くすり、と笑う仮面の下。

「言ったはずです。炎弧の正体だけは、例え貴方であろうとも教えることはないと」
「何故じゃ?大体炎弧とてお主と行動をするなら、暗部として籍を置くべきじゃぞ?」
「それでも、私は拒みますよ?もしも炎弧の正体を探るために、木の葉の忍びを使うなら、私は彼らを殺しますよ?」

 巻物を火影に放り返して、弧耀は姿を変える。
 いや、姿を戻した。
 本来の姿。
 金色の髪と蒼い目をもつ少年。
 それは下忍として7班に所属する少年。

「いくら、じっちゃんでもね、俺のプライベートにまで侵入してくる権利、ないよ?」

 その権利は、火影が…木の葉が彼を呪縛した瞬間に失われた。
 下忍として働く時とは、全く異なる冷たい瞳をして、火影を睨みつける。

「…そう…じゃのう」

 火影には頷くことしか出来ない。  
 先に裏切ったのは自分。
 確かにあった自分に対する信頼を裏切った。
 彼に介入する権利はその瞬間に失われたのだろう。

「暗部部隊長、弧耀。この任務確かに承りましたよ」

 そう言って、その姿のまま姿を消す。
 確かこれから彼は下忍任務が入っているはずだから。

「無理…なのかのう?」

 彼の信頼を取り戻すことは。






 炎弧…と、闇に向かって呼んだ。
 深い深い闇。
 その空間でしか炎弧と会うことはない。

「弧耀。今日の任務は?」

 闇を切り裂く光のように、その涼やかな声は弧耀を照らす。
 するりと、闇を縫って現れ出でたその細い身体を、軽く引き寄せた。
 当たり前のように、至極自然に炎弧の身体は弧耀の腕の中に納まる。

「…何?どうしたの?」

 炎弧は拒まない。
 絶対に自分を拒まない。

 少しだけ力を入れて抱きしめれば、折れてしまいそうなほど細く柔らかな身体。
 闇と同じで、それでいてなんて違う髪の色。
 一族の血を忠実に受け継ぐ瞳は、白く、白く。
 雪のように真白い頬が弧耀の頬にあたった。

「ねぇ、何?暗部部隊長とも在ろうお方がどうしたというの?」

 くすぐったそうに笑うその声は、柔らかに柔らかに、弧耀の耳朶をふさぐ。
 暖かい。
 温かい。

「炎弧」
「何?」
「今日の任務はS級任務。里の大名の1人の暗殺と情報漏洩の隠滅」

 さらりと、己の指をすり落ちる柔らかな髪に、口付けた。

「大丈夫?今日は下忍任務もあったでしょう?」
「大丈夫」

 だって任務でなければ、彼女とずっといられない。
 彼女を捕らえるのは日向という籠。
 自分を捕らえるのは木の葉という檻。
 ここから抜けよう、と言ったのは檻の中の少年。
 それに頷いたのは籠の中の少女。

「行こう?炎弧」
「ええ。行きましょう弧耀」




 闇を舞う。
 血に汚れ、泥を吸い、それでも少年は生きた。

 闇に走る。
 蔑まれ、命を狙われ、それでも少女は生きた。



 彼に、彼女に出会った瞬間に、己の価値を見出すことが出来た。



 希望、というものを抱くことが出来た。




 それが幸か、不幸か、知るものはいない。
 彼らは走り続ける。
 逃れるために、呪縛を断ち切るために。

 ただの2人で走り続ける。
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