人 でもなく それ でもなく その中間に位置した太陽の巫女。
ただの1人 それ を守りて眠りにつく。
それ 怒りて。
それ 泣きて。
それ 消えゆ。
それ 人 によりて封印される。
人 の中に封印される。
伝承忘れし太陽の一族 それ 悪とす。
人 でありて 人 でない一族。
ただの 人 なりけり。
「お帰りなさい」
そう柔らかな声で告げられれば、誰だって返事を返してしまうだろう。
「…ただいま」
と、答えたシカマルはそう思う。
視線の先には、眠る金色の子供の前に座る、黒髪の白き瞳を持つ少女。
もはや見慣れた光景。
「任務、どうだった?」
「別に、普通。いつもより暗かったけど」
「そう。それで?」
「上忍も何も知らされていない。噂は、死んだとか行方不明だとか病気だとか、そんな」
「そっか」
そう頷くと、ナルトの金色の髪をくしゃりと撫ぜて、シカマルに向き直る。
真っ直ぐにシカマルを見つめて、小さく小さく笑う。
「シカマル君ありがとう。それから、ごめんね」
深く深く頭を下げた少女に、シカマルは目を見張る。
ヒナタとナルトを森の奥深くに存在する、今はもう打ち捨てられた小屋に連れ込んで1週間、今のヒナタに頭を下げられたことなどなかった。
何故、今更?―――と、疑問が頭を駆け巡る。
それに、違和感。
何か、何かが可笑しい。
これではまるで
カノジョガキエテシマウヨウナ―――
―――ダンッッ!!!!!!!!
扉が強く叩かれる音で、シカマルは我に返った。
過剰に振り返って、扉を窺う。
まるで扉を蹴倒すような勢いで、扉は強く強く叩かれる。
「行って」
「お、おう…」
ここに来る以上まともな客ではないのは分かるだろうに、ヒナタは笑ってシカマルを送りだす。
強く揺れる扉の取っ手を戸惑いながら、握り締めた。
「はいはい?」
極めていつものように出したはずの言葉は、緊張に少しかすれていた。
「…おう、シカマル…」
「アスマ…なんだよ。さっき別れたばかりじゃねーか。ったくめんどくせーな」
外に居た自分の担当上忍の姿に、思わず目を見開く。
まさかアスマだとは、正直意外だった。
だが、いつものように彼を見上げ、どこか強張った表情に眉を潜めた。
「んで、何の用?」
「…いや、用があるのは俺じゃない」
呟くように低く呻いて、アスマは身を引いた。
その大きな身体が退いて、ようやく外の光景がはっきりと目に映った。
何故か、先ほどまで任務で一緒だった人間たちが勢ぞろいしている。
上忍たちは顔を曇らせて、下忍たちは何が何だか分からないという風にして。
「何だよ…?」
「それは私が聞きましょう」
不意に、目の前に現れた黒衣に、シカマルは身を強張らせた。
「―――暗部!?」
シカマルの目の前に現れ出でた暗部は、シカマルの手を掴むと、扉の中から外へ乱暴に引きずり出す。
「おいっっ!!」
「分かってますよ」
アスマの叱責に暗部は嘲笑すらこめて頷いた。
「さて、奈良シカマル、答えてもらいましょう。うずまきナルトと日向ヒナタはどこですか?」
シカマルが、もう一度周囲を見渡せば、幾つも幾つも暗部の姿が出現している。
何事かを騒ぐ下忍達の横にも。
(なるほどな―――)
そういうことか、と、シカマルは思う。
彼らは自分にとっての人質。
自分の返答次第では、彼らの命はないということ。
けれど。
「はぁ?あいつら見つかったのか?」
そう、言えば、容赦なく拳が飛んできた。
さすがは暗部。
シカマルには何も見えなかった。
ただ殴られたという感触だけ。
「「シカマルっっ!!!」」
「いの、チョウジ!動くな!!!」
そのシカマルの怒声に、幼馴染の2人は、びくりとして足を止めた。
その他の面々も思わず駆け寄りかけた足を止める。
「んで、俺は、暗部に恨みなんて売った憶えはないんですけど?」
切れた唇の端をぬぐって、シカマルは首を傾げる。
暗部は、崩れ落ちたままのシカマルの服を持って、片腕で持ち上げると、暗部面を横に回して、凄絶に笑った。
ぞくり、と身が震えた。
「死にたいのか?」
それは、忍の暗い暗い裏の世界を幾つも見てきた人間にしか持ち得ない目だった。
暗部の殺気に、知らず汗が流れ、身体が震える。
けれど。
「貴方こそ、死にたいの?」
冷たい冷たいその声と同時に、シカマルの身体が宙に浮いた。
その、シカマルの服を捕まえていた暗部の腕ごと―――。
ふわりと宙に舞ったシカマルの身体は、受身をとるよりも早く、柔らかに受け止められる。
一息遅れて、暗部の唸り声と怒声が響き渡った。
同時に暗部の全てが刀を抜く。
「私を探していたのでしょう?それならば彼を痛めるのは筋違いというものじゃないのかしら?」
どこから姿を現したのか、誰にも気付かれることなくその場に介入した少女に、透明な、白き瞳で視線を注がれて、確かに彼らはひるんだ。
シカマルを地面に降ろして、少女は立ち上がる。
「ヒナタ!!」
「ヒナタ?」
かつての旧友達の姿に、ヒナタは視線を移すこともなく、一歩前へ出た。
その顔にどこにも感情は見つからない。
「ねぇ?違うの?目的は私でしょう?だって、私は炎弧だもの」
炎弧―――。
その言葉に、暗部は震えた。
矢張り、いや、本当にそうなのか―――?と。
今、彼らの前に姿をさらすは、紛れもなくただの子供。
12の、下忍になったばかりの少女なのだ。
「うずまきナルトはどこだ―――」
腕から流れ落ちる血を止血し、己の腕を他の暗部に縫合させながら、暗部は言った。
「うずまきナルト?―――ああ。弧耀」
ぼんやりと、反応を返す少女は、哂った。
ぞくり―――と、身が震えた。
様々な死線を乗り越えてきた暗部が、はっきりと震えた。
あまりに少女の笑みが綺麗で、ガラスのように透明で、恐ろしく…壊れていたから―――。
「ナルト君は、ね。死んだよ。私が殺したの」
くすくすと、綺麗に綺麗に笑いながら、ヒナタは言った。
ざわりと、なんとも形容しがたい驚愕が周囲を包む。
いのが、サクラが、ぺたりとへたりこんだ。
あまりに自分達の知る少女と違う日向ヒナタという人間に、誰もが怯えを濃くして、後ずさる。
それを…己のチームメイト達が自分に嫌悪にも畏怖にも近い視線を送るのを…少女は何の感慨もなく見渡した。
少女のその瞳は、確かに彼らのことを何にも思っていなくて、シカマルは思った。
確かに彼女は 人 ではなくて、そして、ここにいる誰もが 人 なのだと。
「嘘…だろう?」
「…こ…ろした…?」
「まさか…」
ざわざわと、呆然と言葉を紡ぐことしか出来ない彼らに、侮蔑の表情さえ投げかけて、
「何を驚いているの?まさか狐は死なないとでも思っていた?」
そう言う。
暗部と上忍。
彼らはびくりと身を震わせた。
ナルトの中にいるモノを知るが故に。
「さて、と。そろそろ火影様のお越しかな」
その、ヒナタの呟きと同じくして、ふわりと舞い上がる風。
その中心に現れたのは、紛れもなく現火影である三代目の姿。
火影に付き従うようにして、特別上忍が2人立つ。
「お主が…炎弧だったか―――」
「ええ。火影様。私が、炎弧です」
「…弧耀が教えたがらんわけじゃ…」
まさかこのような少女が、炎弧だとは想像もつかなかった。
「―――弧耀を…殺したとは真か…」
「ええ」
なんのてらいも躊躇もなく、少女は言い切った。
「―――っっ!!!…何故…何故じゃ…!!何故あの子を―――!!!」
「…何故、と?」
首を傾げて、口元に確かな嘲笑を浮かべて、ヒナタはチャクラをもらす。
白く、黄色く、そして赤く。
様々な色を持ったチャクラは、確かな攻撃性を持ってヒナタを包む。
「貴方は、そう聞くのですか?貴方はあの子が死んだからといって私を責めるだけのことをしたのですか?貴方に裏切られた弧耀がどれだけ苦しんでどれだけ悲しんだか分かっていますか?憤るだけのことを貴方は弧耀にしたのですか?ねぇ火影様、私は貴方を許さない。弧耀の信頼をその身に受けながら、何一つ返さなかった貴方を絶対に許さない。そう。今までもこれからもずっと、ずっと」
堤をきられた滝のように、ヒナタの口から言葉が流れ落ちる。
それだけの言葉をずっと溜めていた。
その言葉に言い返せるものなど火影にはない。
少女の言う言葉はどれも確かで、そして、少女はいつでも弧耀の傍に居たのだから。
そう。
―――火影と違って…。
火影は、静かに首を振った。
一つ頷いて、ヒナタに背を向ける。
それを合図に、特別上忍と暗部が、ヒナタを取り押さえた。
下忍から悲鳴があがる。
…が。
ヒナタはあっさりと彼らを避けて火影の前に降り立つ。
「抵抗はしない。だから連れて行けばいい。貴方のその手で」
その、火影の顔に苦い表情が浮かぶ。
己の罪をから逃げるなと、その瞳が言っていた。
「よかろう。着いてくるのじゃ。日向家宗家長女、日向ヒナタ、そして暗部部隊長弧耀のただ1人の相棒よ―――」
手を互いにとって、2人は姿を消した。
残された面々に声が響く。
『奈良シカマルはもういい。お主らは手を引け―――』
同時に、暗部の姿も特別上忍の姿も、ふわりと消えた。
まるで初めから何も無かったかのように。
綺麗に消えた。