それ 慟哭す―――。
「今…なんて言った―――?」
全てを搾り出すようなその声に、シカマルは顔を歪めた。
紙のように白い顔はどちらも同じ。
「もう…1回言えよ―――」
「……………」
「……答えろ……!」
襟首を掴まれ、壁に打ち付けられる。
シカマルの首ががくんと揺れて、1人の少女が消えてしまってから結んだ事も無い髪がばらばらと落ちる。
髪で隠れたシカマルの顔を、すがるようにして覗き込む。
その、今にも泣き出しそうな不安定な表情に、シカマルの顔が歪む。
彼の顔は、まるで全てを失った子供のよう。
そんな目で見ないでくれ―――!!!
じくじくと痛むのは自分の胸の内。
重苦しい沈黙に息が詰まる。
めんどくせぇ。
めんどくせぇ。
めんどくせぇ―――っっ!!!!
ぎり、と唇を噛んで、零れ落ちようとするものを引き止めた。
泣いては駄目だ。
泣いてはいけない。
自分はそんな事をしていい立場ではない。
自分が苦しんだところで、泣いてみたところで、何の解決になるというのだ。
だから。
彼の、期待を…壊さなければならない。
血を吐くような…そんな思いを本気で抱えたのは初めてだ。
ああ。
もう。
めんど、くせぇ―――。
嘘、だと言って欲しかった。
否定、して欲しかった。
何言ってるの?と、少女の声がどこからか聞こえてくるのだと。
「………ヒナタは木の葉に拘束された。捕まったよ」
そう………。
―――思いたかったのに。
現実はそんなにも…優しく、ない。
「―――頼みがある」
己の前に現れた旧友は、視線を合わさぬままにそう言った。
来る事に予想はついた。
自分とて情報収集に置いて右に出る者はいないと自負している。
だから、知っている。
彼の子がどうなっているのか。
彼がその鉄壁の無表情の下にどれだけの思いを抱いているか、想像は容易だ。
何故なら自分と彼はひどく似ているから。
今更言葉など必要ない。
彼は何も言わなくとも、自分の言いたいことなど分かるだろう。
付き合いは長い。
自分も彼もそれなりにお互いのことを知り尽くしている。
「ヒアシ」
「…なんだ」
「名前を呼ばぬくらいで、情が移らないというのなら、それはもう人ではない」
相変わらず、痛いところを突いてくる男だ。
苦い思いを抱きながら、ヒアシは男を見やる。
己の決意などとっくの昔に見抜かれていたということか。
ヒアシは、ふと、空を見上げる。
晴天の中、どれだけ笑みを浮かべる少女を見つめることが出来ただろうか。
「……………ああ。そうだな」
瞳を閉じて、瞼の裏に浮かぶは少女の姿。
泣きそうな表情でおどおどと周囲を窺う、その姿。
所詮虚像。
それは演技である事を知っていた。
………けれども、その演技の裏に本当があったことをヒアシは知っていた。
彼女が強いことを知っていながら黙認し、その強さを持つ裏で、いつも怯える少女に何も出来ない事は歯がゆかった。
日向の道具としてしか見てはならない人間を、1人の人間として愛してしまわないために、己を制し、名を呼ぶことを禁じた。
無駄、でしかなかったが。
「私は―――…アレが愛しい」
だからどうか。
あの子だけは―――。